冬至の特別な夜に。

今回は特にお知らせはありません。今日は冬至ですねというお話しだけです。

クリスマスやお正月に比べると、とても地味な冬至ですが、今日は一年で一番夜が長い日です。「冬至がなぜ暦のうえで大切にされているのか分かる?」と聞くと、「本格的な冬がやって来たことを知らせる日」と答える方が多いと思いますし、その通りです。

人間の場合は、冬至であることをカレンダーやニュースで知りますから、冬至に関して鈍い感覚でいいのですが、夜行動物や植物にとっては、日の長さや夜の長さを体感することはとても重要なこと。本格的な寒さや暑さのピークは、冬至や夏至の一ヶ月半後にやってくるのですから。

寒さに弱い植物、暑さに弱い植物は、夜の長さを測りながら、どのタイミングで生長や生殖行動に移るかを見計らっています。少し天気が緩んだくらいの環境の変化で生長や生殖などにエネルギーを注ぐと、それは本格的な暑さや寒さに直面しての死を意味するからです(園芸用や栽培用の植物は、その点わざとユルイものが選別されて出来ています。反対に野生の植物は種子の発芽率も低いのです。諸条件が揃わない限りは簡単に生長しないことが彼らのサバイバルの基本です)。

だから、今晩の森や山は、ちょっとざわついているんじゃないでしょうか。そんなことを考えるのも楽しい静かな冬の夜が冬至。クリスマスや正月よりも地味ですが、けっこう良いものだと思えます。

米屋らしい話題をしますと、モチ米は漢字で書くと「糯米」と書きます。「米」と「濡れる」が一体化した文字の如く、吸水性が良くカビやすいのです(これは耐水性や耐湿性のあるアミロースを含んでいないため)。精米してしまえば、昔は非常に保存が難しかったと思います。

しかも、モチ性の米は遺伝的に劣勢で、自然の中で突然変異で生まれても、その後は繁栄はできません。ですから、遥か昔から人間がモチ性の稲を見つけては選別して集めて、それだけをかけ合わせて少しずつ少しずつ増やしていかないと、もち米は存在していないのです。それくらいモチ米の食味は人から好まれる存在でした。

栽培も難しく、保存も難しく、とにかく手間がかかる。それを新年のお祝いでモチにして食べる喜び。可憐ですよね。

今は保存技術の発達により、市場に溢れるオモチは古米や古々米が原料なことがほとんど。良い原料で製造方法がきちんとしていれば、食味的に差はないとも言われています。

でも、やっぱり新米のもち米で、過去の日本人の喜びを追体験したいと思います。搗きたてのオモチは格別です。

こう考えると、個人的にはちょっと苦手な冬もなかなか良いものです。クリスマスもキリストの誕生日(降誕の日)とされていますから、東方の三博士の星のイメージ。イルミネーションも華やか。冬らしい静かな夜。

今日から本格的な冬になりますが、皆さま体調に気をつけて楽しい時間を出来るだけ過ごされてください。

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