月別アーカイブ: 2016年4月

2016年4月27日(水)は臨時休業となります。

誠に勝手ながら、明後日の2016年4月27日(水)は臨時休業となります。

お客さまには大変ご迷惑をお掛け致します。申し訳ありません。

なにとぞご了承のほどお願い致します。

※ 通販のお客さまで、26日(火)午後~27日(水)午後にご注文された方は、28日(木)の出荷になります。

佐賀県七山産こごみを食す。

本日のお野菜産直市、たくさんのお客さまにご来店頂き、誠にありがとうございました。

すこ~しだけですが、お野菜が残っていますので、明日も販売したいと思います。

七山産こごみ

写真は産直市とは全く関係ありませんが、佐賀県七山の石川農園さんから頂いた「こごみ」です。

九州ではとても珍しい山菜で、さすがに標高600メートルクラスの山の中は違うなと、そう思った次第です。

クセがなく食べやすいので、そのまま天ぷらや、刻んで味噌汁に入れてもいいそう。

今回は天ぷらにしました。

こごみ 天ぷら

大変美味しかったです。最近、宮城県瀬峰産つや姫を入荷しましたので、その試食のご飯と合わせて食べました。ふっくらモチモチピカピカのかなり美味しいお米です。店頭では今日からやっと本格的に販売しています。

今日は近隣のスーパーで、熊本県産の野菜の販売があっていたそうです。産地はJA芦北ですから、八代より南側であり、北側の福岡へ向かう高速道路は封鎖されている地域です。納品までの道のりは、かなりの時間がかかったのではと思います。

ここ数日間の日本農業新聞を読んでいると、選果場の選別機(野菜や果実をサイズ通りに選別する機械)などが動かなくなって出荷できないところも多いようで、今回福岡で販売されている野菜も不揃いであるお断りが記載されていたみたいです(ちなみに利用できなくなった選果場は支援物資の集荷場になっているところもあります)。

被災されている農家さんで、避難所ぐらしをしながら野菜を出荷している方も多いと聞きます。町の中の商店でも、頑張って営業している方がいらっしゃるのでは?と予想しています。地域の人に役に立つことや、雇用や収入を守ること、そこから本当の復興が始まるのだとしたら、自分も見習いたいと思います。できるかどうかはわかりませんけども、やってやるぜとは思っています。

昨日のアップしたエントリーで、九州パンケーキが宮崎から届いた話題を書きましたが、製粉工場などはまだストップしたままであり、宮崎にあった在庫が届いているだけです。しかし、着々といろいろな変化が数日の間に起こっています。

おそらく今の状況から察するに、東京にあるアンテナショップに被災後に熊本から出荷した商品が届いているはずです。そういったものを購入することも大切だと思いますし、売上も好調のようですね。

ホントは通帳の紛失や忙しさで銀行で引き出せない可能性もありますから、直接の現金収入があったほうが一番いいと思います。そういった販売がもしあっていれば、ぜひ教えてください。情報お待ちしております。

 

明日はお野菜の産直市です。 2016年4月

明日はお野菜の産直市です。

佐賀県相知町の産直所から直送のお野菜が届きます!

お野菜の産直市 2016年4月20日

今回もたくさんのお野菜が届きます!

お米もお持ち帰り2倍スタンプです。ご予約1割増量と併用できますから、とってもお得です!

愛ゆうせんの日 2016年4月20日

商店街の各店でも各種サービスを開催致します!

本日はビックリしたことに、宮崎から九州パンケーキが届きました。

パンケーキ 2016年4月19日

熊本川の九州道も、大分の東九州道も、一部区間がまだ通行止めのはずなのですが・・・。

しかも発送日が18日で、到着したのが本日の午前中です。運送会社は佐川急便。

当店で利用している薬屋の営業さんも、2t車をレンタルして今日は熊本で栄養ドリンクを配りながら納品してくると言っていましたので、だんだん物流の状態が良くなってきているようです。

営業カレンダー 2016年5月

熊本地震の本震には、かなりびっくりさせられましたが、前回と引き続き被害がありませんでした。

遠方のお客さまには大変ご心配をお掛けしたかもしれません。皆元気にバリバリ働いています。

福岡は特に買い占め騒動のようなこともなく、ペットボトルの水などが県南から徐々に売り場から姿を消し、福岡市内でも入手が困難な状況にはなっているものの、熊本から久留米あたりまで買い出しに来ている車両などもあるようで、逆に福岡から熊本に届けている人もいるみたいで、備蓄目的で無くなったような印象があまりしません。ゆっくりと静かに、卓上コンロやガスボンベなどが品切れしている感じです。

生鮮食品などは、豊富にあります。牛乳は熊本産が多かったので、さすがに欠品が目立ちますが、あとは普通に暮らせています。お店も通常の忙しさと売上です。

311のときは、なぜあんなに忙しかったのだろうか?と思うと、やはり原発事故で、その恐怖や心配は相当なものだったのだなと改めて痛感しました。一年ぶんくらいのお米を備蓄したような方もいらっしゃったんでしょうけども、今回は運良くそういった騒動がありません。本当に良かったです。

鹿児島の川内原発を止めたほうが安心だと思いますが、安全基準よりも遥かに下の影響だったらしく、現在も稼働しています。四国の原発や、佐賀の原発も心配されています。注目が海外からも集まっているそうなのですが、原発関係はいつものダンマリのような状態ですね。記者会見などあったのでしょうか?ギリギリまで無口なのは変わってない様子です。

ここでキチンと稼働理由の説明をして、止めても止めなくてもしばらくは安全性にあまり差がなければそういったことや、止めた時のデメリットや、川内原発は計画通りに避難できる道路状況なのかなどを教えてくれるといいのですが、そういったこともまだのようです。やれば点数がかなり上がりそうなんですけどね。止めたほうがいいと考えている自分ですら、何やってるのかなと思ってしまう状況です。いろいろと諸事情あるとは思いますが。

(追記:このブログをアップした1時間前くらいに原子力規制委員会の記者会見が行われていたようです。このエントリーを書いていいるときでしたので、まったく気づきませんでした。読者の皆様には混乱を招いたかもしれません。謹んでお詫び申し上げます。これと同時刻に、やっとオスプレイも運用され始めました。記者会見にしてもオスプレイにしても、好印象を与えるには1~2日くらいは遅れているような気持ちから、記事はそのまま残しています)。

さきほど、博多、熊本間の在来線が繋がって運行できるようになったというニュースがありました。福岡から見ると、熊本はあらゆるものの製造工場みたいなイメージの県で、農産物なども豊富ですし、かなり品質の良い湧水などもあります。底力のある県ですから、復旧や復興が早いペースで進みそうな感じもします。北に福岡、南に鹿児島といったわりと都市化の進んだわりに農産物の多い県に挟まれていますし。逆に報道の少ない大分が少し心配です。これ以上大きな地震がないことを祈るばかりです。

さて、来月の営業カレンダーですが、下記のようになっています。ゴールデンウィークの連休がありますので、どうぞよろしくお願い致します。

営業カレンダー 2016年5月

お店の地震の被害はありませんでした。

昨夜の地震で被災された皆様方にお見舞いを申し上げます。

また、安否確認のメッセージも多数頂きました。ありがとうございました。

昨夜確認したところ、お店は無事でなにひとつ被害がなく、今朝の精米作業でも設備等が綺麗に動いていました。日頃のメンテナンスを心がけておりますので、堆積したホコリやチリ等の心配もなく、安心して通常通り営業できております。

家族のほうも無事です。娘たちはモノが飛んできた場合にどう避けるか練習するような感じで、我が子ながらと呆れると同時に寝かしつけに困った夜でした。

家の家具にはつっかえ棒をしていましたので、その点では非常に安心感がありました。日頃の防災対策の必要性を感じました。

いろいろと状況を確認した後に、理科年表を取り出して地震年表を読んでいたのですが、いろいろと思う節があったので、以下ウィキペディアから転記しておきます。

地震観測網整備(1885年 – 観測所による地震報告開始)
  • 1889年(明治22年)7月28日 熊本地震 – M 6.3、死者20人。
  • 1891年(明治24年)10月28日 濃尾地震M 8.0死者・行方不明者7,273人。根尾谷断層の発生。
  • 1892年(明治25年)12月9日・11日 石川県・富山県で地震 – M 6.4(9日)、弱い津波。死者計2人。
  • 1893年(明治26年)6月4日 色丹島沖地震 – M 7.7、色丹島で2m〜3mの津波。
  • 1894年(明治27年)
    • 3月22日 根室半島沖地震 – M 7.9(Mt 8.2)、死者1人。北海道・東北に津波。
    • 6月20日 明治東京地震 – M 7.0、死者31人。
    • 10月22日 庄内地震 – M 7.0、死者726人。
  • 1895年(明治28年)1月18日 霞ヶ浦付近で地震 – M 7.2、死者6人。
  • 1896年(明治29年)
    • 1月9日 茨城県沖で地震 – M 7.3 [99]
    • 6月15日 明治三陸地震(三陸沖地震) – M 8.2〜8.5(Ms 7.2〜7.9、Mw 8.5Mt 8.6)、津波地震、死者・行方不明者2万1,959人
    • 6月16日 三陸沖で地震 – M 7.5 の地震が2回発生。明治三陸地震の最大余震[77]
    • 8月31日 陸羽地震 – M 7.2、死者209人。
  • 1897年(明治30年)
    • 2月20日 宮城県沖地震(仙台沖地震[100]) – M 7.4、地割れや液状化、家屋に被害。
    • 8月5日 三陸沖で地震 – M 7.7(Mw 7.8)、宮城県や岩手県で津波により浸水被害。
  • 1898年(明治31年)
    • 4月23日 宮城県沖で地震 – M 7.2、北海道から近畿にかけて有感、岩手県と宮城県の県境付近で被害。
    • 9月1日 石垣島東方沖(多良間島沖)で地震 – M 7.0。
  • 1899年(明治32年)
    • 3月7日 紀伊大和地震 – M 7.0又はM 6.9[80]、木ノ本・尾鷲で死者7名、三重県を中心に近畿地方南部で被害。深さ40〜50kmのフィリピン海プレート内の地震[101]
    • 11月25日 日向灘で地震 – 3時34分にM 7.1、3時55分にM 6.9。
  • 1900年(明治33年)5月12日 宮城県北部で地震 – M 7.0、死傷者17人、家屋などに被害。

20世紀前半

注: 2003年9月17日に気象庁マグニチュードの算出方法が改訂され、これに伴い1924年以降に発生したほとんどの地震のマグニチュードも改訂された(一部は先行して2001年4月23日に改訂)。このため、マグニチュードが改訂された地震については改訂前の値を括弧書きで併記している(例: 2001年3月24日 芸予地震 – Mj 6.7(旧Mj 6.4))。

1900年代
  • 1901年(明治34年)8月9日〜10日 青森県東方沖で地震 – 8月9日にM 7.2、8月10日にM 7.4。死者18人。
  • 1902年(明治35年)1月30日 青森県三八上北地方で地震 – M 7.0、死者1人。
  • 1905年(明治38年)
    • 6月2日 芸予地震 – M 7.2、死者11人。
    • 7月7日 福島県沖で地震 – M 7.1[102]
  • 1909年(明治42年)
    • 3月13日 千葉県房総半島沖で地震 – 8時19分にM 6.5、23時29分にM 7.5。
    • 8月14日 姉川地震(江濃地震) – M 6.8、死者41人。
    • 8月29日 沖縄本島付近で地震 – M 6.2、死者2人。
    • 11月10日 宮崎県西部で地震 – M 7.6。
1910年代
  • 1911年(明治44年)6月15日 喜界島地震M 8.0mB 8.1)、死者12人。
  • 1913年(大正2年)2月20日 日高沖で地震 – M 6.9(Ms 7.0)
  • 1914年(大正3年)
    • 1月12日 桜島地震 – M 7.1、死者29人。
    • 3月15日 仙北地震 – M 7.1、死者94人。
  • 1915年(大正4年)
    • 1月6日 石垣島北西沖で地震 – M 7.4。
    • 3月15日 北海道十勝沖で地震 – M 7.0、死者2人。
    • 11月1日 宮城県沖で地震 – M 7.5、岩手県や宮城県の沿岸に小津波。
  • 1916年(大正5年)11月26日 明石付近で地震 – M 6.1、死者1人。
  • 1917年(大正6年)5月18日 静岡付近で地震 – M 6.0、死者2人。
  • 1918年(大正7年)9月8日 択捉島沖地震M 8Ms 8.2Mt 8.5)、死者24人。
1920年代
  • 1921年(大正10年)12月8日 龍ヶ崎地震 – 千葉県・茨城県県境付近で発生。M 7.0。家屋倒壊、道路亀裂。
  • 1922年(大正11年)
    • 4月26日 浦賀水道地震 – M 6.8、死者2人。
    • 12月8日 島原地震(千々石湾地震) – 1時50分にM 6.9、11時02分にM 6.5。長崎県橘湾で地震、死者・行方不明者?人。
  • 1923年(大正12年)
    • 6月2日 茨城県沖で地震 – Mj 7.1[4]、千葉県銚子市で最大震度 4。
    • 7月13日 九州地方南東沖で地震 20時13分 – Mj 7.3[4] 深さ44km[4]。宮崎県宮崎市と鹿児島県鹿児島市で最大震度 4。
    • 9月1日11時58分頃 関東地震(大正関東地震、関東大震災) – M 7.9(Ms 8.2Mt 8.0Mw 7.9〜8.0[103]Mw 8.2[83])、関東地方南部と山梨県で最大震度 6。死者・行方不明者10万5,385人(1925年の調査では14万2,800人)[104](日本災害史上最悪)。
      • 同日12時3分頃 相模湾で地震 – Mj 7.3[4]、埼玉県熊谷市と山梨県甲府市で最大震度 5、大正関東地震の余震。
    • 9月2日 千葉県南東沖で地震 – Mj 7.3[4]、山梨県甲府市で最大震度 5、大正関東地震の余震。

 

少し引用が長かったですが、明治の熊本のM6.3の地震から、大正の関東大震災までの年表です。

明治時代は、熊本の地震から約7年後に三陸沖地震が起こっています。平成は、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)から約5年後に今回の熊本の地震です。順番は逆ながら、似たような間隔での地震発生でした。

そして明治の熊本と三陸沖の地震の間に、内陸地震では国内最大の地震と言われる濃尾大地震が起きています。

地震は連動している場合がありますから、このブログをご覧になっている遠方の皆様もぜひお気をつけください。

本日の大濠公園 葉の光合成

「台所の日」の今日は、たくさんのご予約とご注文を頂き、誠にありがとうございました。

大変忙しい日でしたが、お米も前日までの予約が増えていまして、非常に効率よく配達できました。そのせいか今日は大濠公園に運良く15分ほど休憩時間中に滞在できました。

大濠公園では葉の緑がとても綺麗でした。いい季節です。

大濠公園01

大濠公園の鯉

大濠公園02

大濠公園04

大濠公園05

大濠公園06

大濠公園07

大濠公園08

「光の三原色」を踏まえると、葉が緑色をしている理由も見えてきます。葉が光合成に使うのは、主に太陽光に含まれる「赤色光」と「青色光」です。「緑色光」の一部は光合成に使われますが、残りは光合成に使われず、葉をすり抜け、あるいは反射して周囲に散乱します。人間が葉を緑だと感じるのは、その使われない「緑色光」を見ているからなのです。別の言い方をすると、葉が緑に見えるのは、葉が緑以外の色の光を吸収し、光合成をしている証でもあるのです(「植物の体の中では何が起こっているのか(ベレ出版)」より引用)。

 

ピンクに咲く。

桜01 2016年4月2日

今日の午前中は大変な陽気で、仕事している場合ではない感じでした。

慌てて娘が通っている保育園の桜をスマホで撮影しました。

午後にまだ青空が残っていれば、撮影日和だったのですが、あいにく少し曇ってきましたので、貴重な1枚です。

桜02 2016年4月2日

午後の空はこんな感じでした。例のごとく配達途中に見事な桜がありましたので撮影しました。

今回は日差しが強かったので、わざと明るく撮影。相変わらず望遠側(ズームを使って撮影)を使っていますが、今回はやや奥の花にピントを合わせたものもあります。手前と奥にボケて映った花を配置することで、より幻想的に、ちょっと怖いくらいに、が目標です。

P1210453

P1210435

P1210443

P1210448

こちらのピンクもよろしくお願い致します。

ゆめぴりか ノボリ

こちらのピンクも。

さがびより 特A

特A米も産地間競争が花盛りの時代です。これから夏に向けて暑くなっていきますが、米業界もどんどん熱くなっていきそうです。